Home Sweet Home 23


「待ちなさい」

 そう言われた瞬間、波はぎくりとして立ち止まった。そしてすぐに気がついた。これは、さっきのあの警官じゃないだろうか。そうだ、目をつけられたのにこんなすぐに出てきちゃっちゃ――波は突然ダッシュで走り出した。
「待って!」
 追いかけてくる。やっぱり警官だ。こんな時荷物が重い。ああシャンパンが重い。波は必死で逃げた。が、相手はさるもの、太っててもオヤジでも現職だ。すぐに腕を捕まれて波は観念した。
「すいませんごめんなさいもうしません!」
「なんで逃げるんです」
「なんで…って、え、島先生!?」
 見上げるとそこにいたのは太っても現職でもない島だった。
「先生こそどうしてここに」
「僕はプライベートを荒らされるのが好きじゃないし、感情で動くのは好きじゃない」
 訳がわからないというように島を見続けた。
 島の顔はやっぱり無表情だった。
「だけど、困っている知人を見捨てるほど冷たい人間でもない」
「……」
 波はなにも答えられなかった。島がなにを考えているのかわからない。散々文句を言っておいて見捨てておけない? また同じことの繰り返しではないのか。だけど島はいきなりに波の手になにかを押し付けた。
「あの部屋、勝手に使ってください。イチイチ僕になにかを聞いたり尋ねたりしなくていい。僕の部屋を勝手に掃除するとか気を遣ってご飯を作るとか世話を焼こうとしたり僕のためになにかしようと思わなくていい。お金が出来るまであそこに間借りしてると思えばいいでしょう」
「…部屋…の…鍵?」
 波の手には1枚のカード、おそらく部屋の鍵が乗っていた。あんなに冷たい態度をとったくせに、どうして島は啖呵を切って出てきた波を追いかけてきたのだろうと信じられなかった。今の島の言葉の中に、島のなにかを見つけられそうではあるのだが。いや、こんななにもかもが揃ったような人をそうやすやすと信じてはいけない。過去の二の舞は沢山だ。
「先生あの」
「もう決めたことです。さっきその鍵を渡そうとしたらあなたが怒って出て行ったものだから。野垂れ死にされては困ります」
「だけどあんなに嫌そうに」
「決めたことです」
 島は不機嫌なんだかなんなのか、波の荷物をさっと取ると、スタスタとどこかへ歩き出した。
「どこへ行くんですか」
「食事です」
「…だけど」
「僕のこと、わずらわせないで下さい」
「いえ、そうじゃなくて」
「言っておきますけど、イブだからって雰囲気のいいレストランなんて行きませんからね」
「はあ?」
 島はやや用心したような目つきをした後、またすぐに歩き始めた。波はなにがなんだかわからないままついて行くしかなかった。