Home Sweet Home 20


 波の頭はすっかりパニックに陥っていた。
「家出じゃないんです、家があたしから出てったんです、お願いです」
「混乱してるようだけどちょっとお話を聞くだけだからね、暴れないで。君幾つ?」
「わかってます、あたしは怪しい者じゃありません、信じてください」
「君、わかったから、落ち着いて」
「ダメです! 無理やり結婚させられますっ」
「それが理由で家出したってこと?」
「そうじゃなくて家があたしを捨てたって何べん言えばわかるんですか」
「わかった、わかったから君、じゃあちょっと交番まで一緒に行こうか」
「勘弁して下さいっ」

「幸嶋さん!!!」

 警官2人と一緒に振り返った。そこには、仏頂面の最たる顔をした島が肩で息をしていた。波が「あっ、しませ――」と声をかけたそのところで恐ろしい形相の島に遮られた。
「すみません、彼女は僕の知り合いです。僕はこのマンションに住んでいて、彼女が訪ねてくる予定だったんです。ですから放してもらえませんか」
「あなたが――?」
 警官はちょっと疑るような目つきで島を見た。島は「ほら」と警官2人がつかんでいる波の腕をそっと引くと、さりげなく後ろ側へかばうように回す。すんなりと波を放したものの、警官は半身半疑で島を見ている。
「あなた、そこの住人?」
「ええ、調べてもらってかまいませんし、なんなら部屋までご案内します」
「本当に、彼女の知り合いなの」
「そうです」
「どういうご関係」
タダの知人です」
 その時、後ろ手に波の腕を強く握られたので、波も慌ててフォローした。
「は、はい。あのあ――あたし、この島せ――(そこで島は痛いほど波の腕を握った)痛たたたなにするんですか! あ、いえなんでもないです――とにかく知り合いです。知り合いも知り合い、友達以上恋人未満ってやつです。それで、それで、そう携帯! 携帯なくしてしまって、連絡取れなくて途方に暮れてたんです。ええと、押しかけていっていいものかわからないし…あ、ほら、この方最上階に住んでるような人間でしょ」
 渋い顔の島を他所に波が愛想笑いをすると、警官はとりあえず身分を証明するものを提示するように言った。波が学生証を出そうとするのを遮って、島が自分の免許証を提示し、波が漏らした名前と、住所も一致していたことから、厳重注意を受けてとりあえず解放された。警官の見守る中、島は波の腕を引いてそそくさとマンションの中に入った。チラリと振り向くと警官がまだ見えたので、2人はすぐにエレベーターに乗った。
 島の部屋まで辿り着いて、ようやく島は波の腕を放した。波はヨロヨロとその場にへたり込んだ。
「助かった…」
 だが島は立ったまま例の冷たい視線を放っている。すうーっと息を吸う音が聞こえたかと思うと。
「一体、どうして、あなたは、そう、面倒、ばかり――」
「ごめんなさい!」
 波は急いで謝った。
「だって、まさかあんな目に遭うとは…」
「大体あんな場で『先生』なんて呼んで、コトが学校サイドに知れたらどうするんですか。少しは考えてください」
「そ、そうでした…」
 言われて見れば確かにそうだ。そこまで気の回らない自分と、文句をいいつつも助けてくれた島にバツが悪く、波は面を上げられずに、自分の洋服の縫い目ばかり見つめた。
「反省してます…」