Home Sweet Home 19


 波は、なんだか悲しくなって植え込みのヘリに座り込んだ。一体なにをしているのだろう。こんなになってまで守るほどの生活なんだろうか。諦めて田舎に帰れば済むことじゃないのだろうか。帰れば恐らく、近所の職を見つけて勤めて、そのうち見合いの話でももってこられるだろう。それとこの同じ所をぐるぐる歩き回る生活とどっちが幸せ?
 父親は頑なな田舎者だった。親戚はそれに輪をかけた田舎者だった。都会に出たら戻って来ないことを強く恐れてる。今時と思うだろうが、少なくとも波の生家ではそれが現実だ。地元の人間と結婚して早く子供でも産んで近くに暮らしてくれれば意味はないが万々歳というのが彼らの理屈で幸せだと、そこで育った波は痛いほど知ってる。その中に入ってさえいれば文句もないことも。
 でも。
 同時に「それ見たことか」と言われることだろう。娘が1人で都会に出てやっていけるわけがない。なにかあればすぐに泣きつく。今回のことも命は無事だったからいいようなものの、怪我でもしていたらどうするんだ。そんな風に言われる姿が容易に想像できて、波の中に父親譲りの頑なな反発心を起こさせた。
 波は今の生活を続けたかった。ようやく1人暮らしにも慣れて、リズムがつかめて来たとこなのだ。これから4年間頑張って、可能ならば院にも行きたい。大学を出ても故郷には帰らず東京で就職しようと思ってる。それを途中で諦めたくはなかった。田舎に戻って仕事に就けばいいというものでもなくて、仕方なくじゃない自分の希望で見つけて手に入れた仕事を続けて生きたいのだ。だから今は――
「あなた、ちょっと」
 肩を叩かれて、我に返って見上げた。そこには警官が2人、波をじっと見下ろしている。
「こんなところで、どうしたのかな」
「別に」
「さっきからこの辺りを徘徊してる人がいるって、通報があったんだけどねえ。どうかしたの?」
 波は一瞬返答に詰まった。
「この辺高級マンションが多いから、ちょっとでも不審に思うと連絡が入るんだよね」
「――ちょっと歩いていただけです」
「1時間もうろついてるって通報だったんだけど」
 1時間!?
 ぼんやりしているうちに、そんなに経ったのだろうか。通報者が誇張したのではないのだろうか。でも辺りはすっかり薄暗くなってるし、言われてみればそんな気もする。
「お嬢さん家はどこ?」
 『家はどこ?』波は後ろから殴られたような気持ちになった。家、あたしの家、あたしにはない。そうだないんだ。家もない。お金もない。なにもない。これじゃあ住所不定だ…住所不定! そしたら、捕まるよね、逮捕される。逮捕されたらあたし、退学になって田舎に強制送還されてそれで――
「あたしなにもし――怪しいことなんてありません。ちょっと道に迷ってて」
「迷ってって、どこに行きたいの?」
「そ、それは」
「早く家に帰った方がいいんじゃない」
「わかってます」
「もしかして家出じゃないの?」
「家出じゃありません!」
「それ、家出の荷物じゃないの?」
「ち、違います」
「お嬢さん年幾つ? 未成年でしょ。一緒に署まで来てくれるかな」
「えっ、あ、あっ」

 ぐいと両腕をつかまれて、波は顔面真っ青になった。