Home Sweet Home 18


 あーあ、あたしなにしてんだろ。

 結構大変と思っていた毎日のありがたみが荷物の重みとなって訴えてくる。朝に出た島の駅まで戻ってくると、波は気が抜けたようになった。
 ロッカーからだらだらと荷物を取出す時、後ろでは場所が開くのを待っている人がいた。時間借りのスペースを別の客に譲るのでさえ、自分の居場所を奪われた気がして嫌だった。今あたしには家がないんだよ。心で思ってみる。こんなちょっとのスペースくらい、あたしに頂戴よ。空いた途端に次の客が荷物を詰め込んだ。ロッカーに住めるわけじゃないのに、なんだか悲しくなる。
 波はいつだって巣というものを得ようと必死だった。だがようやく得た自分だけの巣は見事に奪われてしまった。自分の居所を得るためには、自分でなんとかするしかないと頭ではわかっている。けれど心と体がついてこない。考えもなく歩いていると、足が知らず島の家に向かっていて、驚く。あたしってばなに甘えてんのよ。慌てて引き返して冷や汗を拭う。
 島のマンションは駅から近い。お洒落なショップやレストランなどの立ち並ぶ高級モールのそばに建っていて、道に迷うなどということはありえないのだが、波自身の気持ちが弱っているせいかなかなか駅に辿り着けなかった。かといってマンションに行くわけにもいかず、疲れた現実から考えを逸らそうと苦心する。
 荷物がやけにガサガサ揺れる。そういえばシャンパン買ったんだった。なんでこんなものを買ったりしたんだろう。うんざりとして、せめて島にあげればよかったのにとまた後悔した。後悔ばかりだ。
 ぼんやりと昨日の島の様子を思い出した。
 ――島先生なんであたしなんかを泊めてくれたんだろ。
 下手にあんな豪華なとこに泊めてくれたりしなければ、もう少し耐えられたのにな。さすがに気力も萎えてきて、八つ当たり気味な自分がいる。それに島は酷く冷たい態度だった。今朝も、お金を少しだけお借りすることは出来ないでしょうかと借用書まで書いて心苦しく遠慮がちにお願いした波に、島は厄介払いでもするように財布から万券を数枚出した。出てく時も忘れ物の心配ばかりで。波は急にその冷たさが身にしみて、愚痴っぽくなった。
 島と授業以外で顔を合わしたことは殆どない。4年生になる時は研究内容的にしぶしぶ島のゼミを取ることになるとは思っていたけれど、まだ1年生の現時点ではそこまでの接点もなく持つ気もない。入学直後のオリエンテーションキャンプも来てなかったように思うし、勉強以外のことでまともに話したことなんて、あの1回だけだ。あの1回とは島と授業の出席のことで揉めたことがあると言ったそれのこと。唯一の接点があんなろくでもない記憶じゃ、印象は更に悪くなるばかりである。波はこの1年弱を振り返る。
 でも一方で、波のために立派な朝食を用意してくれたりもしてる。あれは本当にありがたかったし、島は自分の出来る親切の範囲内で行動してくれたんじゃないかなとも思える。よくよく考えれば、女子学生を連れ込んだなんて誤解される危険を冒して島は泊めてくれたのだ。島の言動は冷たかったけれど、不幸に僻(ひが)む弱い自分さえいなければ、単純に感謝してたかもしれない。
 そうだ。だから先生は警戒してたんだ。変な誤解を招かないために。波は妙に納得して、マンションを見上げる。
 …ハッと、マンションの前で立ち止まったままな自分に気付いた。あたしなんでここに。ぶるぶると首を振って、いけないいけないと反対へと歩き出した。ここはガードマンやフロントもいるし、やすやすと入れる雰囲気の建物ではない。変質者と間違われるような人間を入れてくれるとも思えない。島とてこれ以上迷惑を被るのはごめんだろう。これ以上甘えてはいけないのだ。
 なのに、数歩も行けばすぐに止まってしまう。無理に気持ちを奮い立たせてようやくまた数歩歩く。お陰で速度はひどくのろかった。まるで景色が変わらず、時折荷物を地面に置くから新しかった紙袋がどんどんみすぼらしくなっている。これでは本当の路上生活者になってしまう。