Home Sweet Home 123


「…お詫びならさっきした」
 ぶっきらぼうに告げるのと、小さな溜め息が聞こえるのは同時だったろう。
『ヤりたいからって簡単にヤろうとするそんな男に、価値ある?』
 苛立たしげに動いていた爪先がぴたりと止まる。
『好きな男だからって安売りすんな。けど、好きな男に安く見積もられて喜ぶような真似してたら、男だって安モンになる』
 ぐっと詰まった。これまで自分が毛嫌いしていた男たちと、同じことをしていたのかと。男たちが薄っぺらくなるようなことを、波自身が望んでしまったのかと、我にかえらされたのだ。
 まさかおのれがそんな風に諭されようとは思わず、波はしばし絶句するしかなかった。
『波が今なににそんな困ってるのかオレは知らない。でも、波は自分の中で考えすぎて、煮詰めすぎて、結論の出ないことに不安がってるんじゃない。賛同を望んだって、それは答えじゃないし、一時的な安堵を生むかもしれないけど、その場凌ぎだよ。なにより、オレの意見はオレの視点でしかない。1人の言う万人の意見なんてものはこの世に存在しないのと同じく、特定の誰かの意見はその特定の誰かからしか出てこない。違う? 真実が欲しいのなら、真実を持っている人間に聞くしかない。結論はそこで出る』
 あたしは結論が欲しいのだろうか。すでに出ているというのに?
 わだかまる自分の中のモヤモヤとした感情が、これまでの記憶を充分すぎるほど見つめていた。
「……答えなんか、わかってる。不安なわけじゃない。それでも聞きたいっていうなら、それはなんのため…」
 自分で問いながら、他人にその意味を訊く。まったく矛盾したことをしつつも、波のこころはどんどん彷徨い始める。そう、たぶん、痛いところを突かれているのだろう。
 不思議なことに、王子がちょっと笑ったように聞こえた。
『波って変わってるね。てっきりオレなんかに弱味握られたくない! って警戒してると思ってた』
「……誰にでも聞けるようなことじゃないから」
 特に王子を褒めて言ったわけではなかったが、その答えが気に入ったのだろうか。ふうんという楽しげな相槌がしたかと思うと、相反する突き放すようなそっけない口ぶりが、かえって波のこころに響いた。
『波が納得いってないんでしょ。波はぜんぜん、その結論に満足してない。だから、覆してやりたいと願ってる』
「あたしは、覆すなんて」
『やっぱ波も女の子だったってことだ。いいんじゃない。自分でいいと思えるまで羽ばたき続ければ、いつしか相手にトルネードを起こすかもしれないんだから』
 ――バタフライ効果……
 はっと息をのむ。
『羽ばたき続けるか否かは、波次第だ』
「あたしはもうこれ以上――」
『だったらやめればいい。それだけのことだし』
 そうだ。やめてしまえばいいことだ。
 諦めれば、一番楽。諦めるのが、一番無難。
 だけど……
『オレに答えを期待するな。そんなの波じゃない』
 今度こそ心底突き放すような言われように、波は押し黙る。
『でもまあ――もう少し慎みを覚えたなら、キスくらいしてやってもいいレベル』
 一瞬、なんのことかと思った。
 だがしかし、波が怒鳴り声をあげる前に、通話は切れていた。