Home Sweet Home 121


 なにに落ち込んでいるのか判然としない。けれど、無気力に、ただやってくるものをこなすだけという1日に、家を探すという新たな行為が加わった。不思議と苦痛は感じなかったが、なんだかどうでもいいような気がして、やる気はでなかった。
 大学に入る前、自分のための1人暮らし部屋を探す時、それは楽しかった。優しい姉に頼んで保証人になってもらい、とにかく父親という暴虐の徒へ反発し自分で一歩を踏み出すのだという意気込みだけで、どんなにボロ家でも気にならなかった。だから、未だに父親へ住んでいるところも告げてないし、彼に世話になってるつもりはない。その気概だけが、波の誇りだったと思う。
 全てを失って、そんな誇りも消えてしまったのだろうか。探すといっても不動産屋の窓にはってある間取りだけ眺めるばかりで、まるで頭が追いついておらず、ただ視線が上滑りしてるだけなのを、いい物件が見当たらないと誤魔化してる気がする。
 あの場で、自ら退路を絶てられて良かったと強く言い聞かせる。あれ以上島といたら、もっとおぞましいことをしていたかもしれないもの。自分が自分でなくなってしまうような。
 カッコ悪。そう考える一方で、自分という価値が、島にとって無に等しいことも痛感して自虐的に口角を歪める。
 だって島にとって波はただの学生なのだ。「学生」という看板の前には、波の価値は消されてしまうのだ。
 つまりは、その壁を突き破れるほどの魅力がないんだから。
 でも、あのまま波が自分の気持ちを振りまき続けたら、島にとってはこれ以上ない迷惑として、学生としての価値すら消えるだろう。そんなの、いやだ。島から一顧だにされないおのれなど、消えてしまった方がいい。
 迷い、悶え、好きな人に望まれたいと願う一方で、自分という矜持が崩れることは避けたい、島にだけは軽蔑されたくないという考えが次々と波を襲い、願望と自尊心の間で身動きできなくなっていた。根が真面目で深く考えすぎる分、頭の中は深読みしすぎた未来へのパターンが無数に枝葉を伸ばし、どれを選べばいいとわからなくなってしまっている。
 もう何軒目かもわからない不動産屋の前を通り過ぎると、虚しくなった。足元に蟠(わだかま)るぼんやりとした影の中に、自分という人間の存在価値が薄らいで見える。
 嫌だった。うだうだとして、みっともなく泣くしかできない自分が。だけど、だけど――
 不意に携帯が鳴って、少し慌てる。しかし相手は島ではなかった。
「……もしもし」
『ちょっとさ、どういうことだよ波。人の大事な彼女になに吹き込んでくれちゃったの? お陰で波が幸せになれるまでオレたちいちゃつくの禁止とか訳わかんないこと――』
「……」
 通話早々、相変わらずの馬鹿王子が、なにか意味不明に騒いでいる。ほとんど聞き流しながら、ふと、波はこの男になら、馬鹿みたいな質問しても許されるんじゃないかと勝手に考えた。だいたい、この男だって波にろくなことを言ったためしがないのだから。
 波はすぐさま人通りのない場所へ移動すると、わめき続けている王子へ問いかけた。
『ただでさえ学校じゃ我慢させられてるってのにさ、男がいなくて愚痴りたくなんのはわかるけど波、オレらは常に限界まできてんの。わかる? 恋人っていうのはフリーセッ……』
「あんたどうせ暇だからあたしに電話してんでしょ。だったら聞くけど、あんたはあたしのことどう思ってんの」
『……は?』
「もしあたしが告白したら、付き合う?」