Home Sweet Home 119


「踏み込むなって言うくせに、先生は踏み込んでばかり」
「それとこれとは別です」
「そんなの大人の理論じゃない。だいたい、先生はどういうつもりであんなこと言ったんですか。あたし、先生になんにも言ってないのに。写真を見つけちゃったのは偶然ですけど、別になにも知りたくなかったし、未来を捨てるとか、全然意味がわかんない」
「……それで、友人の家に泊まったと」
「はぐらかさないでください」
「その友人は――女性なのでしょうね」
「――っ」
 島がなにを疑っているのか知らないが、こればっかりは波の感情に火をつけた。どういうつもり。また。またそういうことを言う。こっちが発露させる前に、島は先読みして、こっちの気を勝手に自分の方へ向けるのだ。必死で修正してる道を、たやすく組み替えるのはいい加減やめてよ。
「――だとしたら、どうだって言うんですか。先生には関係ないでしょう?」
「……」
「あたしが――どこの誰の家に泊まろうと」
 波がソファの上で両の拳を握っていると、組んでいた手を口元に当てた島は鋭く一瞥した。
「あなたはそんな人ではない」
「は?」
「分別と良識のある人だ」
「勝手に――」
「だからこの家に安心して置いておける」
「……」
 急に胸に穴をあけられて、抜け落ちてしまったような、大事なことが全部省かれて、でもその余韻だけで構成されてるような、そんなやりきれなさで溢れた。もろい心の壁が崩れることも許されずにぐらぐらと揺らいでいる。
 どこかで恐れていた。
 なにかを感じていた。
 なのにはっきりと見えない。
 駄々をこねる子供のように、波は魂からの叫びを口にした。
「先生は、あたしをどうしたいの? 牽制したいの? あたしの気持ち知ってるの? ただ振り回したいの?」
「わからない。僕にも」
 痺れるように血の気が引いてく。倒れてしまいそうなほど。ならば倒れるまいと体に力をこめる。拳を膝の上で強く強く握って、髪の毛がぱらりと顔にかかる。考えるな。けしてわかろうとするな。もうこれ以上は駄目だ。知ってはならない。そのくせ言葉はまったく違う意思を発露する。
「わからないなら、何したっていいってことですよね」
「わからないから、貴方を守らねばならない」
「……!」
 やめて。煽るのはやめて――目の前が青く染まって、ふらふらする。
 波は視界の悪いまま無理やり立ち上がった。危険だと思ったからだ。けれど足が覚束無くて、よろけた。目がチカチカとしていた。手をつこうとしたら、誰かの手が波の手を支えて、その感触におじけづいた。
 柔らかい指先が、そこから波の熱を奪っていく……。
(あ……あ……)
 さっき胸に穴をあけた弾丸が、大きな塊となって弾けてくように。
 喩えようのない無数の破片が血の巡りに溶けてゆくように。
 体に散らばる無数のピースが答えを隠して。
 チカチカする意識が島の手だけを感じていないか。
 もっと、もっと触れて欲しいと自然に波の頭が重く、震えた。島の手を強く握り締めると、顔を上げた。ちょうど目の前に、島の顔がある。
 ……低いくぐもるような島の声が聞こえる。
「何度言わせればわかるのです。信用すぎだと」
 波は答えない。でも、頬をなぜるように島の吐息が近い。ゆっくりと、頭を、島へ預けるように、倒した。すると意思のなかった島の手に突然力が入り、ぐいと波の肩を押した。