Home Sweet Home 118


 波が島の家に戻ったのは翌日、陽が落ちてだいぶ経ってからだった。
 頭の中はどこかカッカと燃えていて、しかし行動はひどく冷静だった。これが勢いというものかと思いながら、足取りは意外に悪くない。
 今日、保険の手続きが終わった。待たされた時間の割には、入金があまりにあっけなく素早く済まされて、無意味に腹が立ちそうなほどだった。
 補償とかなんとか残りのことは全て保険屋に任せて、波の手元に残される額は決まっている。思ったよりは多かったものの、絶対値としては大した額といえず、とりあえずこれを資金源として今後どうにかしてかねばならない。
 ポケットに手をつっこみながら、波は見るともになしに見渡す景色をぼんやりと認識する。
 冬至を過ぎても陽が落ちるのは早く、まだ夕方というには早い時間でも、夕闇のようなほの暗さが漂っている。ひとりぽつぽつと歩く足の先が、どこへ向かってるのか迷いそうに、漠とした雰囲気に陥る。
 波はなんとはなしに振り返った。
「……」
 薄いブルーの空が黄色い西日を映し褪せてくのを眺めて、波はゆっくりと足を帰り道へと戻した。

 親友に言われた通り、いつまでも考えてばかりいるから、くだらない思考のループに陥っているのだろう。お金が手に入った。それならば、もう。
 ようやくマンションに辿り着いて、部屋の前まで戻ってくると、少しだけ躊躇したが、両手に力をこめ勢い良く中へ入る。荒々しいまでの足取りでキッチンへ向かえば、薄暗闇のリビングの中でじっと座っていた島を見つけて、思わず壁に背をぶつけた。驚いた自分を見せたくなくてようやく「戻りました」と素っ気ない挨拶を無理に発し、さりげなく水だけ持ってそのまま出ていこうと努めて冷静に行動する。が、島は逃がす気はなかったようだ。
「幸嶋さん」
 波を呼び止め、冷静さを失わない島はこちらを見もせずに、波にソファを勧めた。
 断ろうかとも思った。波は今それどころではないと、言ってしまいたかった。しかし、島はとても強引にもう一度、波を呼んだ。「幸嶋さん」と。それは命令する口調だった。
 なぜだろう。なぜ島は、波を呼び止めるのだろう。黙って小さな灯りだけ点けると、水を手に持ったまま示されたソファに腰をおろしてみる。心地よい革張りが沈む。島の目は外の美しい景色を見やったまま、口だけが淡々と動いて、まるで人形のようだ。
「昨日は戻らなかったようですが、どこへ行っていたのですか」
「……」
 島には関係ない。そう言いかけて、波は口ごもった。逃げたかったけれど、逃げてもまた、どうせ現実は追いかけてくる。だったら真実を告げてみる? 親友の言っていた体当たりって、こういうことかもしれないと、頭の片隅に思う。
「どこで過ごしたのですか」
「……友達のところで」
「どうして連絡しなかったのです」
 島の醒めた言葉が薄ぼんやりした中に漂った。喉がカラカラだったが、水を飲める雰囲気ではなかった。乾いた口が重い言葉を吐き出した。
「また家出かと思いました?」
「ふざけているのですか」
 自分でもわからないのだ。咎められて、波も勢いづく。
「あたしだって面倒臭くなることもあります。先生にいちいちなんでも報告するのがうんざりすることも。先生にお説教されて、素直に帰れなかったんです」
「説教をした覚えはありませんが」
「でも警告したじゃないですか。家に置いてくれるくせに、踏み込むなって」
 島の苛立ちが理解できずに、波は必死に言い返す。