Home Sweet Home 112


 言われた瞬間、いっぱいに膨らんだ風船に針が刺されたように感情がはじけ飛び、反射的に波はうずくまった。堅く閉じていないと、声をあげそうだった。こんなに弱々しい自分をさらけ出すことなどみっともない。たかが恋したくらいで、あたしって救われない人間。どっちに転んでもなんの助けにもならなくて。言葉を作っていないと、どんどん感情が絡まってくる。確かに1人で抱えきれない重荷に思える。でもそれを一体、誰に負わせることができよう。説明さえできないというのに。
「ねえ、あたしはおかしいのかな。例えばさ、今のあたしって、100%不可能なことを目の前にして、諦められないでいるの。頭悪いよ。でもじゃあなにがしたいかっていうと、それもわかんないの。前に道もない、左にも、右にも。後ろに戻るしか正しい道は出てこないって知ってて、戻る足がちっとも出てこない。その理由がわかんない」
 親友はすぐに、波をそっと抱きしめてくれた。促されるままに頭をもたげることもした。ひどく慣れない姿勢だった。優しさを感じるいっぽうで、うまく馴染めてない自分とのズレを覚えた。人に恋するのも似たようなものかもと気づく。たとえ触れたいと願っても自分の存在と相手の存在のズレが違和感を覚えさせる。ズレはうまくいかない未来の符号で、自分の中でうまく処理しようとしても、どうにかできるものではない。そうだ、自分はそのことを身に刻んで男など遠ざけてきたのではなかったか。長い間忘れていた恋心という感情を重ねるうち、思い出したくもな嫌なことが次から次へと飛び出してきた。遠ざけていたことが、いまや波の意識に同化している。
「あたしって最低……」
「そんなことないよ」
「大馬鹿だよ。学習能力ゼロ」
「違うって、仕方ないんだよこればっかりは。わたしも相手のことが好きだって気づいたとき、ずっと苦しかった。でもね、好きな人と付き合ってる今でも苦しいんだよ。だって昨日は現状に満足してたはずなのに、今日はもう、もっともっとって願ってるんだもん。今日平気でも、もしかしたら明日には嫌われて、捨てられちゃうかもしれないって不安もあるもん。そんなこと周りに言ったら、惚気(のろ)けるなって怒られるかもしれないけど、結局、片思いでも、両思いでも、どんな立場でも、わたしたちって馬鹿みたいに心配したり苦しんだりしてるんだよ。ただ、それって多分“馬鹿みたい”、ってだけで、本当の“馬鹿”じゃない。それが恋なんだから。きっとこれで正しいんだと思う。波が諦めきれないのは、きっとすごくすごく好きだから。どうでもいい人だったら、我慢できるから。本当に、大切な人なんだよ。自分が苦しくなれるくらい。それって、自分の命をかけてるみたいじゃない? 命をかけるくらい、好き、みたいな。大げさかな」
「……」
 ――そうだろうか。
 親友は純粋だ。
 純粋で、真っ直ぐで、だから彼女のことを美しいと波は思う。
 それと同じだけの清廉さが果たして自分にもあるのだろうか。
 ――とてもそうは思えない。
 彼女の心根に癒され、心地良いほどの優しい言葉が降ってくる中、波は他人と己との差をさっきよりも激しく意識する。
 唐突に、“間違ってる”と言われた記憶が襲いかかる。あたしは、こうなることが嫌だったから、ずっと対処してきた。最初から防いでいたら、後で苦労なんてしなくていい。そのためなら頑張りすぎと言われたって否定してきた。我慢するということは結局、心の中が片付いた気になっても、どこか別の部屋へ無理やり押しこんで見ないふりしているだけなのだろう。でも我慢を我慢と思わないでいれば、そんなことわからなかったはずだ。甘えるから、我慢になる。甘えたら、ツケはすぐにやってくる。わかっていながら、あたしはまた同じ過ちをおかしたんだ。
 さっきおりたはずの肩の荷が、もう後悔となって口にすべきではなかったと波に迫る。
 ――もうこんな不毛な会話はやめよう。
「ごめんね。あんたにこんなこと、話すべきじゃなかったね。でもお陰でちょっと楽になったよ。あたし今どうかしてるんだきっと」
 波は無理やり明るい声を出して、視線を逸らした。と、急に強く強く肩がつかまれた。その顔はひどくこわばって、怒りをにじませていた。
「いい加減にして!」