Home Sweet Home 111


 少しの沈黙がおりて、びっくりしたように、親友の頬が淡く染まっていくのが、ひどく新鮮にうつる。
 その瞬間、波は少し、怯えていたかもしれない。相手がどんな反応を返してくるのか。しかし
「そっかあ。わぁ…なんか感動。波が好きになるって、どんな人だろう……」
 純粋なその感情に照らされて、波まで頬が熱くなりそうだった。好き。こそばゆく面映い単語。
「でも、好きになっちゃダメって……なんで?」
 当たり前のように返ってきた問いに、少し間があく。答えは簡単で単純だ。ため息するように瞬きが出る。
「あ――うん。妻子がいるとか、問題ある人とかそういうことじゃなくて……なんていうか、好きになっちゃいけない相手なの。好きになるだけで、迷惑がかかるのかな。それとも、相手にとって、あたしのちっぽけな気持ちなんて、どうでもいいから、余計な面倒増やすなとか。――どっちにしろ、あたしが相手の立場だったらって考えると、そりゃあやめてくれって言いたくもなるかも」
 波の言葉に、親友の眉間は怪訝にしわが刻まれた。考えているのだろう。
「うーん……そんなことってあるの? 好きになるだけで迷惑って。波みたいに真面目でちゃんとしてる子が相手に迷惑かけるって、どういう意味かわからないな…」
 必死で答えを手繰り寄せるように、問いかけは続く。
「まさかもう告白したの? それで、想像つかないけど、なんかやめてって言われるなにかしたってこと?」
 どうだろう。告白してるも同じだったのかもしれない。なにかしたかと言われれば、年末からずっと経済的にも精神的にも負担をかけているのだから、全てが重いかもしれない。重い――。
「……そうだね。あたしのしてることは、あたしの行為は、はっきりいって、すごく最低。自分でもいやんなるくらい最悪」
 自分で口にしながら、その痛みに情けなくなった。
 こうして苦しんでること自体が、罪悪なのかもしれない。今この瞬間も、最低を押し付けているのだから。だけど自分の気持ちなのに、遠く手の届かないところにあるそれは、自分のものであっても、取り除くことも塗り替えることもできずに、そうやって当たり前にこの世に存在している。幾度、思い煩ったことであろう。
「あたし、どうして“好き”なんて思っちゃんたんだろ」
 想いを告げられない。
 想いを遂げることはもっとできない。
 どうせ叶わぬもの。ならば、島がきっぱりと警告してくれたのは――もしあれが本当に、波の恋心を指しているとするならば――救いなのだから、そこに乗っかれば済む……
 何度考えても、同じ結論に辿りついた。なのに、波の意思は並行して別の道を行った。どんどんと潜る思考の群れが、醜く歪み、空々しく乾いてく。裏腹に、胸の中は熱くて苦くてたぎる想いに溢れてる。苦しい。逃げたい。必死で勉強しても、必死で努力しても、防ぐことも乗り越えることもできないこの胸中を吐き捨てたい。人はこんなにも辛い想いをしなければ、誰かを好きになれないのだろうか。ここまで苦しい気持ちになる必要が、どこにあるのか。誰かを想う気持ちが、スイッチ1つで済めば、こんなに簡単なことはないのに、なぜこんな風に人が造られているのか、誰かを恨みたくなる。

「波……本当に好きなんだね」