Home Sweet Home 107


 何気なく開いた抽き出しに、例の写真立てを見つけてしまった。ちょっとバツの悪い思いに身をすくませる。律に見られてるような気がしてだ。律がここへ来る度にこんなものをわざわざ立てていくのは、島に今の波と同じような思いをさせるためであるとしたら、これほど効果的なものもないと思う。こうして手にするだけで、後ろめたくなる。
 ああ、律は何度も波に尋ねたというのに。恋愛する意思はないのかと問い、それにきっぱりと返事した己はどこへ行った。今同じことを聞かれたら波は何と答えるのだろう。果たして答えられるのだろうか。島に面立ちが似ているような似ていないような人の視線が、痛い。
「丁度良かった。あなたに――」
 急に話しかけられて、まさか島がいると思っていなかった波は心底驚いた。驚いて手にしていた律の写真を落としたくらいだった。条件反射的に椅子から立ち上がる。何故だか言葉を止めた島に謝りつつ、落とした写真を拾おうと屈みかけた波の目が、再び余計なものを見つけてびくりと止まった。
 後ろの留め具が動いたのだろう。フレームが外れ、律の写真が飛び出してガラスカバーも全部ばらばらになっている。割れなくて良かった。しかし、写真は分裂していた。そんな馬鹿な。
 律の写真の後ろに、もう1枚、別の写真があった。
「――え」
 半分影になってはいても、察せられる。
 確かに島と、誰か知らない女性の写真が、映っていた。

 きっと時間にしたら短かったのだろう。しかし、間というのはときとして永遠に感じられる。
 動けなくなってしまった波にかわり、手を伸ばしたのは島だった。
 島は無言で全部拾い、じっくり眺めることもなく束ね、丁寧に抽き出しにしまった。
 それから、声も発せられなくなっている波をゆっくりと見て、告げる。
「そんなに詮索したいのですか」
 きりり、と痛んだ胸が膨らむほど息を呑み込み、瞬きすら止まる。
 怒っているようには見えないし聞こえない。でも、眼鏡が反射しているのか、島の瞳が色を失っている。感情が見えない。波は呻きのような声を漏らす。これまでに幾度となく見聞きしたような、島の抑揚のない声に、うちひしがれて。
「あなたがそんなにお望みなら、お教えしましょうか。その写真の意味を」
 ぶわりと恐怖が広がった。やめて――やめて。
 わからなかったが、波は大きく首を振った。
 知りたくない。聞きたくない。怖い。ひたすら否定だけが波を支配した。意味はなかったのだ。意図も。ただ偶然、写真を手にし、すぐに仕舞おうと思っていた。あたしは、詮索する気も、先生のこと知りたかったわけでも、お姉さんに嘘を吐く気もなくて、だけど知ってしまったら、きっと――
 きっと――なに?
 眉をぎゅうとしかめた。恐ろしいほどの焦燥が沸き立ち、島に何もかもぶちまけたい衝動を必死でおさえるのはもっと大変だった。きっとおかしな歪みかたをしてるだろう顔を俯けたまま、波はどうにかぶっきらぼうな声を出してみせる。
「――先生のことなんて――べつに、知りたくない」
「……そうですか」
「これっぽっちも知りたくない!」
 そう言って出て行こうとした波の前に、島が立ちはだかった。
「なっ――」
「引き返すくらいならば踏み込まない方がいい。これは警告です」