Home Sweet Home 103


 今ようやっと気づいたもうひとつの感情に、波は目眩すら覚えた。これは嫉妬だ。波は、嫉妬しているのだ。
 波は生まれて初めて、他人の恋路に、嫉妬しているのだった。ということは、その頃からもう、島のことをそういった対象として思い描いていたことに他ならない。だがまさか、恋愛に関してまで嫉妬という醜い気持ちを抱けるとは、驚きであった。
 それまで、お金のこととか家庭環境のこととかで、醜い嫉妬を感じないように生きてきたことは認める。それは本当にみっともないことで、だからこそ己の境遇に恥じ入ることなど何もないと信じ、無駄な羨望は品性を貶めると嗜めて、絶対に抱くまいと努めて抑えていた。つまりは根底に嫉妬を持っていたということなのだろう。
 だが、恋愛に関しては、真実、妬んだことなどなかった。嫌な経験をし、悔しい思いをしたことばかりだったせいか、他人のことを我が身に置き換えてそねむほど恋愛に希望を持てなかった。文句を言ったり、楽しそうでいいわねと思ったことはあっても、それはそれまでの、感想程度の感情だった。
 しかし今抱くのは、そんな生易しいものではない。
 ことに、親友の彼氏が絡んでくると、途端に、波の負けず嫌いの虫がわいてきて、反発したくなっている。
 波は自分を特別だなどとは思っていない。少々勉強はできるが、王子と比べたら雲泥だし、あんな豪華な弁当も作れないし、顔が特別いいとか、性的魅力があるとか、家が金持ちだとか、図抜けて語れるようなところもないというのが現実と認識してる。
 そんなこと、僻むつもりはない。しかし、王子に余裕ぶって、波のことを上から推し量るような真似をされると腹が立つほどむかむかきているのは、どう考えても、うまくいっている人間への嫉妬心に思える。
 男である王子と比較するなど本来おかしいのに、親友を挟んでの関係のせいで、波の意識は王子に偏ってしまうのか。それとも、自分のこころの真実と向き合うのが嫌で、遠回しに親友を妬んでいるのか……。
 そう考えれば、急に料理に気合いを入れてみたりしたのも、根底には王子の弁当があったからかもしれない。あの弁当は、そりゃあもちろん王子自身の技能があってこそのものだが、栄養摂取のことだけ云々言ってたらああは作れないだろう愛情と自信を無意識に感じとって、その甘い甘い幸せが、苛々しかった気がする。
 本当に自分がやっかんでるのだと気づくと、波はひどく慌てた。
 ダメだ。最低だ。波は声に出して呻いた。
 こんなつまらない感情にまでとらわれてる自分が、嫌でたまらなかった。

(このあたしが、あの王子にまで嫉妬? それこそありえないよ!)

 比べるのも馬鹿馬鹿しい相手にどうかしてる。
 そして、悲しいことに、波のそういった思いは親友にまで及ぼうとしている。
 あの子は自分で努力して、幸せを手に入れた。
 努力しない人間に、幸せはやってこない。だから、あの子を羨むことは、自分の努力が足りないことを認めることに他ならないというのに。
 だけど、だけど、こんなもの、どう努力しろっていうの。
 だって、波が対象としているのは、大学の教授で、ずいぶん年上で、借金まで抱えてて、それを抜きにしたって、波なんかが感情を抱けるような人間ではない。そんな人を相手にして、普通に恋する幸せな人間を見て、どう努力したら、比べずに済むと言うのだ。
 きっとすべて間違っているのだ。
 それこそ律に釘をさされたように、島に恋をするなど、間違ったことなのだ。
 わかっていて、波の気持ちは止まらない。
 その場合は、どうしたらいい。
 どうしたら。本を読めばいいのか。カウンセラーにでも相談すればいいのか。
 わかるわけないじゃないか……
 ぎゅっと閉じたまぶたに強く強く腕を押し宛てて、波は呻いた。

「どうすりゃいいのよ」