Home Sweet Home 102


 毎日が激変したような気分だった。
 どうやって島と顔を合わせていいのかも、わからない。
 同じ家にいると考えるだけで縮み上がりそうなほど、波は別人の態をあらわしていた。
 何がこんなにもいいんだろう。
 意識し始めた感情は、急速にふくれあがり、波をどうしようもないほど取り乱す。どれほど自分が島に思慕を抱いているのか、おかしなことに、島のこと1つ1つが、丁寧に波の中に思い返されて、暖かな雫となり落ちてくるのである。
 だがさすがに勘づかれてもいいと思えるほど、波は図太くはない。
 むしろ、そんな状況は甘えとかずるさとか否定すべきもののように思えて、できるだけ打ち消したいと考えている。恋の対象としては相応しくなさ過ぎる。
 そのために、波は必死で島を否定しようと努めるのだが。
 ――だって。あたし、顔のいい男なんて散々で、大っ嫌いで、島先生は思ったよりいい人だったけど、だからといって全面的に認めてるつもりもなくて、先生なんてもう30過ぎのオジサンで、あたしなんかまだ10代なのに、そんな馬鹿な。
 ――そんな変だ。ぜったい、変だ。どうかしてるよ
 ――ありえないって。あたしもとうとう、お金目当てで動くようになったんじゃないの
 自分を否定するようなことまで考えて、なんとか島への想いをなかったことにしようと、してみる。
 ……それでも。
 それでも、波のこころはもう決まっていて、息が止まるような苦しさが胸にまとわりついて、隠しきれないと、本心が気持ちを告げてしまう。
 どんなに否定しようとも、理性で押し込めようとしても、無駄だということを、己自身で波はわからされてしまうのだ。
 波は、島のことが、どうしようもなく好きらしい。
 それは過去、波が恋をした誰とも、どんな状況とも比ぶべくもないほど切なく、波を浄化してくれる。泣きたくなるほど美しいものを見たような、抱きしめたくなるほど温かいものを得たような、ふわりふわりと1歩を落とすかのような心地が、内側から溢れてきて、素直に恋心を増幅させてしまう。
 泣いて、忘れてしまえたらどんなにいいだろう。あるいは、この気持ちに素直に従えるのなら、どんなにいいだろう。
 ただ好きで、ただ想っていられるだけだったら、きっとこんなにも苦しんだりはしないと思う。
 相手がけして恋してはならない人だからこそ、波の理性は自分自身を雁字搦めにしようと苦しんでいるのである。
 理性と本能のせめぎの間に怯え、波は自分がわからなくなった。いつもの親友と電話している今も、意識はよそへ飛び、いつもの鋭い発言の1つ、出て来ない有様だった。
『波ったら、どうしたの?』
 尋ねられても、曖昧に返事するしかできない。
『どっか具合でも悪い? 大丈夫? ひとりじゃ大変でしょ、辛いなら行くよ?』
 とその時、電話の向こうから『オレも行こっかな』という王子の声がしたのを聞いて――急激に波の中で苛立ちが膨らむのを感じた。
「来てほしくなんかない」
 自分でも驚くほど強く言ってしまい、すぐに改悛の念が押し寄せる。
『あ……えと、ごめん、余計なお世話だったかな』
 謝らねばと思った。親友は何も悪くない。どうしてそんな言い方をしてしまったのだろうか。だが、親友の後ろでまたぼそぼそと低い声がするのを聞いて、素直な気持ちは消え、ただ感情のささくれだけが大きくなった。
「違うの……ごめん。何でもないから…もう切るね」
 必死で冷静さをかき集めて、波が言えたのはそれだけだった。

 ――あぁ

 大きく溜め息をして、もたれていたベッドに頭と両腕を仰のける。
 わだかまりが抜けない。なんだか、幾つでも割り切れないような、もやもやとしたものが座してる。こんなもの、これまで感じたことはなかった。親友には大変申し訳ないことをしたとわかっているのに、消せない。そしてすごく、落ち着かない。
 だって、変なのだ。色々と悩んでいるせいだろうか。制御がうまく図れなくて、それに、こんな気持ち初めてで、どう対処していいかもわからなくて……。
 波は呆然と、天上を見上げる。
 ……いや、確かについ最近も抱いた。正確には今年に入ってから、何遍も。
 少しずつ、腕をずらして、目の上に押し当てる。

 ――ああ、ほんとに最低。これって、嫉妬じゃない。