Home Sweet Home 10


 色々考えたけれど埒もあかなかったので、椅子に勧められるわけでもなし、波ははぁと返事してその場に立っていた。今度は室内に目をやる。座り心地の良さそうな長い革張りのソファと、足元にはダークブラウンのふかふかムートン。つやつやと指紋1つないローテーブルの正面には家具に溶け込んでいる大型のプラズマテレビ。良く見ればBANG&OLUFSENらしき音響設備まで。大きな観葉植物の入っているシンプルな焼き物にしろ、棚の中のシルバーの宇宙鉱物みたいな置物にしろ、どれ1つ取っても〈アンドロイド〉島の住む部屋にぴったりとしていて、どれ1つ取ってもきっと波のバイト代では買えない代物なんだろう。島先生ってお金持ちさんだったんだ。波は、どこを切り取っても絵になりそうな部屋のあちこちを視線で嘗め回した。いくら准教授だって大学のお給料だけじゃこの部屋には住めない。本当に一人暮らしなのだろうか。こんなホテルよりいい所にタダで本当に泊めてもらえるのだろうか。それともなにか要求されるのか。急に相手がイケメンだったことを思い出して、波は警戒心を抱いた。顔のいい男にろくな人間はいないのだ。“要求”という2文字に様々な言葉を当てはめてみる。
 島はあちこちと広い部屋を動きながら、なんだか忙しそうにしていた。突っ立ったままの波はおそるおそる口にした。
「あの」
「なんですか!」
 ピタッと動きを止めた島に動揺した波は、どうでもいいことを言った。
「あたし、パジャマ持ってないんですけど…」
 島はぐしゃっとCG顔を歪める。
「僕のですが一度も使っていない新しいのがあります。それでも着て下さい」
「すいません…」
 とりあえず波が謝ると、島は再び動き始めた。暫くそんな時間が過ぎる。
 変に警戒していた波だったが、島が広い家の遥か何万光年も彼方に行ってしまった頃には、馬鹿馬鹿しい気分に変わっていた。どっちにしろ、今日ここで眠れるのであればどうなったっていいんじゃないのか? ふいに疲れと空腹とを思い出した波は、自暴自棄になった。大体が過去の無駄な経験のお陰で、多少男に痛い目に遭わされても平気になってしまっている。しかし再びリビングに戻って来た島は、来た時と変わらぬ場所で立ち尽くすそんな波を見て大袈裟に驚いてみせ、妙に苛立った様子で憂いのある顔――否、呆れた顔をした。
「そんなところに突っ立ってないで。あなたの寝る部屋はこちらです」
 さっさと行ってしまうので、波は慌てて追いかける。意識しないようにしても緊張感が高まる。あなたの寝る部屋。あなたの。あなた――とわたしの……。
 廊下に戻って、奥のドアだった。客室には見えない随分立派な部屋だ。ウォークインクローゼットもあるし、調度もリビングと同じようにきちんと誂(あつら)えてある。ベッドもダブルサイズで、今朝ベッドメイキングしたばかりのようにピシッと布がかけられている。誰も使っていないのだろうが埃っぽさもなく、この部屋だけで波のアパートより大きいかもしれない。
「あ、あの、本当にここ使わせて頂いていいのでしょうか」
「今更帰れって言ったって、無理でしょう」
「……」
 そんな風に言われて、こんな島に対して警戒した自分があほらしく思えた。確かに愛想のない人間なんだろう。会ってからずっと怒ったような顔をしているし、言い方だってちっとも優しくない。知らず感じていた緊張が解けて、体がほぐれた。ともかくも波は、立派なベッドに寝れるだけマシと感謝しようと思った。きちんとした寝場所が確保できたことは幸運なのだ。