恐る恐る口付けから


 あるカップルの話をしよう。仮に花子と太郎と名付ける。

 花子と太郎は大学の先輩後輩で、最初はただ仲のいい間柄だった。
 しかし次第に2人の間には恋心が芽生え、お互いを意識するようになった。
 細かいことは省くが、とりあえず、花子が大学2年、太郎が3年になっていくらか過ぎたころ、目出度くおつきあいすることになった。
 愛しい相手と特別な感情を抱き合い、交際という形をスタートできる。それはもう、夢にものぼる心地で、幸せだったろう。
 しかし2人には、1つだけ問題があった。
 2人が、ともに、初めての交際であったことだ。
 もちろん、それ自体はなんの問題でも障害でもなく、むしろ望ましいかもしれない。だって、お互い過去の相手というものがいないのだから。そこにやきもちの入り込む隙間などない。しかしだ。
 ということはつまり、何をするにも互いが初めてであって、それは当然、恋人同士がなぜ特別かの根拠となる行為、恋人同士のボディランゲージも初めて、ということになる。
 この場合、特に気にするのは男性側かもしれない。やはり男性としては、好きな女性をリードしたいという思いもあるし、格好悪いところを見せたくないだろう。
 でも。女性だって、すべてが初めてだったら、変なことをしてしまわないか、自分はどこかおかしくないかと気を揉む。そういう意味では、問題の原因は、互いに、互いが初めて付き合う相手ということを、特に話し合っていなかった、という点かもしれない。
 せっかく仲良くいちゃいちゃしているのに、わざわざ不快な相手の過去など、尋ねたくもない、水を差すみたいだし。そんなことよりも、今楽しいことのほうが夢中だった。というのが花子の言い分。男のくせに経験がないの!? と彼女に罵られ、あまつさえその彼女が経験済みだったら俺立つ瀬ないじゃん。ならば、特に尋ねられてないことを言う必要もないだろ。というのが太郎の言い分。
 ともかく、花子も太郎も、交際してもう2ヶ月が経つが、清い関係のままだった。
 最近になってようやっと、手をつなぐ、からバードキスへ発展したくらい、ディープキスなどまだまだ先の先の話。
 などと思っていたのだが。
 何の気なしに誘われて行った友達カップルとの旅行での部屋割りが、4人部屋でもなく男対女でもなく、普通の恋人同士なら当然望むカップル対カップルという組み合わせになってしまって、なんだかわからぬまま恋人とひと晩1つ屋根の下で過ごすこととなってしまったために、早急に解決すべき問題へと発展してしまったのである。
 そりゃあ、多少、期待というか、意識していなかったと言えば嘘になる。
 でもそこはほれ、そこ。お互い彼氏彼女とわかっているからこそ逆に、そんな風に別れれば昨晩部屋でなにしてたかなんて言わずもがなで、友達同士、翌朝気まずいんじゃないの〜的な恥じらいを未経験者だけに抱いていたわけで。
 彼女の親だって男と2人きりで旅行だなんて言われれば阻止しただろうが、女友達がいる(というかむしろその子のことしか言わない)となればこそ出てこれた旅行。おぼこい2人にしたらその先を望むなんてとてもとてもの事柄であり。
 だがしかし。起こるべくして起きた事態。
「じゃ、また明日の朝10時ね〜」
 などと暢気にホテルのチェックアウトの時間みたいな時間を指定されたら、それはもう朝まで目一杯いちゃつきますよと宣言したようなもの。
 晴れて2人きり、後はもう10時までは一切互いに邪魔しません否してはいけませんタイムに入ってしまったからには、太郎も花子もこれはもうアレするしかないと覚悟を決めるしかなかった。
 風呂も済み。食事も済み。あとは寝るだけ。そんな状態の2人は、友達カップルが当たり前のように決めたダブルベットの上で、ぎくしゃくと背を向けあって座っていたのである。


(ど、ど、ど、どうしよう)
 煌煌とあかりがついている部屋の中、花子は数時間前からもう、緊張しっぱなしの体を1ミリも動かぬよう縮こめながら、ベッドの反対側にいる恋人のことを思った。
 花子自身は、この後にくるだろう行為の内容についてどうしたらいいのか、さっぱりわからないでいる。太郎にとって花子が処女なことは、喜ばしいのか喜ばしくないのかわからないけれども、嫌がられはしないとは思っている。しかしながら、どう動いていいかわからぬから動けないのである。
 そりゃあ花子だってもう19年生きている。立派に女歴19年だ。初潮を迎えたのは随分前だし穴の数が男より多いことくらい承知しているしそれが何のためでどう使うのかも知っている。だが知ってると理解するとは別である。へその穴を意識しないのと同じくらい、それがあるからといって研究してみたりはしないのだ。つまりは何も知らないのと同じ。もう「あのへんにたぶん何かされるんだろう」「初めては痛いらしい」という漠然とした知識だけで、後はそういうことへの単純な漫画的期待だけが異様に、破裂寸前まで膨らんでいる状態である。
 太郎とキスくらいは、したことがある。太郎のことは大好きだし、好きな以上、それより先に進んでみたい気持ちはある。進まなくてもいいけど、進むルートに少々興味がある。それなら、今ここで太郎に抱きついて、「太郎さん…」なんて口ごもる花子が可愛いのかもしれない。それとも、気づかないふりしてさりげなく電気を消すべきなのかもしれない。そしたら、太郎は花子にいつもみたいにやさしいキスをしてくれて、花子が夢中になってると「そんな風に煽られると、俺、我慢できなくなる…」なんて真剣な目をした太郎が、花子を押し倒したりして…なんてことになるのかもしれない。まあいちおう、進まないルートの場合も考えておいた方がいいだろう。その場合は、こっちはやましいことなんて1ミリも考えてませんよという雰囲気で「じゃあ明日も早い(?)し、そろそろ寝ようか」なんて速やかに横になるべきだろう。そうしたら、太郎も花子の気持ちを推し量って「そうだねおやすみ」とやり過ごせるのかもしれない。でも、真っ暗になった部屋の中で2人、くっつくような体勢で寝ていたら、その先どうなるかわからない。徐々に太郎の手が花子に伸びてくるかもしれない。そしたら花子とて抗えないし…あれ、結局そっち? と、花子はそこまで考えて慌てて打ち消す。
 ともかく、それなりに妄想はしていたので、どっちにしろオッケーな気がしている。いや半分以上、「もうしちゃってもいいんじゃないか」の方に傾いている。
 でももし、花子だけそう思っていたら、どうだろう。かなり淫乱と思われないだろうか。だって、いっこうに太郎は電気を消さないし、これまでだってそういうそぶりを見せたことはないのだ。花子に対して、無理に迫ってきたりはしなかった。だから、ここで花子が急に変な行動をとり始めたら、軽蔑するかもしれない。なにこの淫乱、なんて蔑まれるかも。誰にでもそういうことしてんの、って思われたら、いやだ。最悪、嫌われて別れを告げられるかもしれない。
 だったら、大人しくしてる方がいいのではないか。太郎という男性が導いてくれるのを待つことが、女の子としてのたしなみであり、無難なことなのではないか。そもそもそれ以外に、術を知らないのだし。ああでも、もし自分の裸を見られて失望されてしまったらどうする。どう考えても、魅惑的なボディとは言い難いもの。1回で飽きられたらどうしよう。一生トラウマになってしまうかもしれない。
 太郎がいつ電気を消してしまうのか、それとも明るい中とつぜん襲われてしまうのか、恥ずかしくも不安でならない花子は、ただひたすら色々なパターンを想像しては赤くなったり青くなったりした。
 そのうちふと、隣の部屋が気になりだした。ここのペンションはそれほど壁が薄いわけでもなさそうだが、かといって完全防音ではないような気もする。もし太郎と花子がそういうことを始めたら、丸聞こえなのだろうか。逆に、隣のカップルはもうそういう雰囲気が駄々漏れだったから、おっぱじめてるのだろうか。もし、変な音とか声が聞こえてしまったら――いや、そんなことはどうだっていい。とにかく太郎とのことが1番問題なのだ。こっちが変な声をあげたりして、隣のカップルにまで伝わったら、とんだ恥だ。あの時って、どのくらい痛いんだろう。叫んでしまったりするのだろうか。
 花子は悶々と、太郎の気配をうかがった。


(まじ、ヤバい。まじ、ヤバい)
 太郎は胸のあたりの筋肉を揺り動かすほどの心臓の収縮に怯えた。後ろで花子が黙っている。ただじっと、この先をゆだねるように硬く震えてる空気に、太郎のプレッシャーは限界を迎えようとしている。いったいどうすればいいというのだ。どうするのが俺には必要なのだ。
 太郎だって男としてもう20年も生きてきた。残り3分の1のタイムリミットだった魔法使いには、なんとかならずに済みそうなのは喜ばしい。いやそうでなくとも、女性と経験できるのは嬉しいだろう。男子のたしなみとして、自分でむりやり剥くくらいのことはとっくにやっている。自分がどうすれば気持ちいいのかなんて言わずもがな、どこにどうやって、どういう手順でやればいいのかなどということは、黙っててもまわってくるエロ本とDVDさえあれば、簡単だ。
 ところがだ。数々の作品を見知ってるのと、実際とでは、雲泥の差がある。だいいち、自分だけよければいいわけじゃあない。男としては、女性をよくしてこそ一人前と呼べる。バーチャル世界のようにはいかなくとも、それなりに気持ちよいと思ってもらわねば、男が廃る。しかしだ、俺は初めてなんだ。まったく、初めての、ドウテイ野郎なんだ。認めたくはないし文字にしたくもないが、太郎はいい年こいて初体験という、自分的には相当ヤバい状況におかれている。心構えがなかったとは言わないが、実は4人で適当にうやむやな状況で終わるんじゃないかとも思っていただけに、焦りはMAXである。
 考えてもみろ太郎。花ちゃんとは交際2ヶ月にもなるというのに、いまだ鳥がかすめるようなキスしかしていない。世のふしだらな男どもだったなら、もうとっくに押し倒してそろそろ馴れ合っててもおかしくない頃だと、思うだろう。いや、俺はいいんだ。俺は。花ちゃんがそれでいいわけない。花ちゃんはすごくいい子で、いい子だ。そんな花ちゃんに、童貞丸出しの勢いで詰め寄るなんて、男としてダメだろう。ちくしょう、ドウテイとか漢字で思うな。英単語だと思え。
 たとえ太郎が初めてでなかったとしても、体目当てみたいに思われるようなことはしたくないし、少しずつ愛を育んでいくような、そういうのが希望だったからこそ、これまで太郎は手を出さなかった。けして、ドウテイだから躊躇してたとかなんかじゃなく。そう、そうに決まってる。
 だいたい、こんな状況で、手慣れた雰囲気で、俺があられもないことを次々と口にしながら花ちゃんに手を出してみたら。はたして花ちゃんは喜ぶか? いいや絶対に喜ばない。花ちゃんがもし初めてだったら、きっと俺のことを軽蔑するだろう。花ちゃんがもし経験済みだったなら、きっと俺のことをムッツリスケベだと思うだろう。かといって、まったく不慣れな様子で押し進めれば? もし初めてなら、きっとすごく不安に思うし、失敗したらもう2度とないかもしれない。「下手だから、いや」なんて言われた日には、俺もう一生たたないかもしれない。
 この中で1番難しいのは、彼女が初めてじゃないのに、俺だけ慣れた様子でコトを進めねばならないケースだろう。あたふたとしている俺なんて、すごい最低じゃないか。最悪、もしかしてこの人20歳にもなってドウテイなの? と驚いてひかれて、その場で別れを切り出されるかもしれない。そんなことになったら俺は涙を流して泣ける。
 だがしかし、巧くできるかどうかなんてさっぱりわからない。こればっかりは、やってみなければわからないとしか、いいようがない。
 太郎の思考が深まるにつれ、顔は青ざめ、体中に汗が吹き出すのを感じた。せっかく風呂に入ってどこもかしこもさっぱり綺麗になったというのに、このままでは汗臭くなってしまうと思われた。風呂上がりの花子は、体からいい匂いが漂って、うっすらとした化粧の肌がみずみずしい。太郎のドキドキがとまらないほど、それは目をひく。
 花子の様子からして、たぶん、太郎を拒みはしないだろうとは思っている。いやむしろ、待っているように思える。それはもしや、彼女が男を知っているということなのだろうか。ああそんな、俺の前に花ちゃんの隣に立っていた男が、すげえ巧かったらどうしよう。俺とそいつとを比べて、あそこのサイズとかまで比較されて、お情けで感じてるふりとかされたら……。いやいやいや、もうそんなことは考えずに、男としては、ここで1つ、なんとしてでも男らしい姿を見せるべきであろう。花ちゃんの初めてを奪った男なんて、糞くらえだ!
 しかし、余りに緊張しすぎてるせいか、股間の方は縮みっぱなしだった。そんな状態で挑んで、立派に役目を果たしてくれるのか、ものすごく不安だった。頑張れ俺、やらしいことを考えろ、俺。しかし逆に、早すぎて使いものにならなくてもまずい。ああ、こんなことなら先にトイレで1回……
 そのとき、隣の部屋の壁から、奇妙な音がして、2人の思考は閉ざされた。


「……」
「……」
 同時に、ぎくりとしたのはお互いベッドの揺れでわかった。
 同じ緊張が走り、澄ませたくない耳が澄んでしまったことに、2人は焦って、変に会話しようと努める。
「あ、あの」
「ええと」
「花ちゃんからどうぞ」
「た、太郎さんから先に」
「…」
「…」
「な、なんか、ごめんね」
「え、なにがで、すか」
「えと、だって。今回の旅行、その、まさか、こんな部屋割りになると思わなくって」
「あ、ううん、あ」
「…その、俺はべつに、このまま寝ても、かまわないっていうか」
「……」
「いや! あの、寝るって、そういうことじゃなくて…(ばか! 俺! エロいこと考えてるって、思われるだろ!)」
「…」
「(ほらみろ! 黙っちゃったじゃないか)ええと、花ちゃんだって、ほら、女の子だし。やっぱいろいろあるっていうか」
「…は、はい(どう返事したら、いいんだろ)」
「急に言われても、困るっていうか」
「(私よりも…)たっ、太郎さんは、どうなんですか」
「えっ、俺?」
「あの、太郎さんは…(私となんか、やかな…)」
「……ん? (わ、どうしたんだろう)」
「太郎さんは…どう、思って……」
「えっ(花ちゃん、もしかして、ものすごく嫌なのかな)」
「……(こんなこと聞いて、はしたなかったかも)」
「あ……(うわ、どうしよう。俺だけ張り切ってるって思われてたのかも)」
「ご、ごめんなさいっ。やっぱりなんでもないです!」
「え、えーと、その」
「なんでもないです!」
「…花ちゃんは…」
「はい」
「花ちゃんは、その…俺と…」
「…」
「ごめん。こんな風な旅行になるの、嫌だったよね。ぜんぜん、考えてなかったよね」
「……ないです」
「え?」
「そんなこと、ないです…」
「…」
「私は、べつに……やじゃないです…(い、言っちゃった!)」
「……」
「でっでも!」
「! (ぎくっ)」
「私、あの」
「う、うん」
「実は」
「…うん」
「その」
「……」
 爆発しそうな間の後、思い切った太郎の声があった。
「は、花ちゃん!」
「はい」
「こっち、向いて」
「…はい」
 花子が俯いたままゆっくり振り向くと、太郎の緊張した眼差しがあった。
 真剣に見つめられ、花子の心臓は止まらなくなる。
「花ちゃん、キス、しよ」
「!」
 言うが早いか、太郎が勢い良く近づいて、緊張のあまりガチガチになった花子は、思わずぎゅっと目を閉じた。
 怖くて、見ていられなかった。
 触れ合ったのは、歯で、がつん、とブチ当たる音が響いた。
「イタ!」
「ご、ごめんっ」
「あ、いえ、あの、私こそ…」
「…」
「……」
「で、電気、消そうか!」
 太郎が、ぱちりと手元のスイッチで、部屋のあかりを真っ暗にしてしまった。
 もう誰も、2人以外の存在の、なにを気にするものはないのだと、言われてるようだった。
 そして――
 急に暗闇になった中、触れ合った体が口付けを再開しようと、今度はゆっくりと、ぶつからないように丁寧に手探りで触れ合うと、優しい吐息とともに、大好きな太郎のくちびるが、花子のくちびるに……
「…あれ?」
「ん??」
 感触が、どこかおかしい。
 太郎のくちびるはほとんど、花子の鼻の下にぶつかっていたのである。
「ふ、ふふ」
「はは」
 それまでのかたい空気が霧散した。
 お陰で、ガチガチだった体が、少しだけ落ち着いた。
「――俺も、緊張してる」
 言われると、確かに太郎のくちびるは冷たく、ふるえていた。
 太郎も同じ気持ちなのだ、と思うと、花子の感情が柔らかくほぐれていった。
 ちょっとずつ闇に慣れた目が、くっつけあった額の下、互いの笑顔を浮かび上がらせる。
 くすりと小さく笑った後、今度はそっと、太郎が花子を抱きしめた。
「――ふぁ」
 いつもより、ねっとりとしたうわくちびるが、花子のくちびるにまとわりついてくる。
 そして、いままでにまったく経験のない、相手の舌が、少し開いてしまった花子の口の中に押し入って、花子を動揺させた。
 どうしていいかわからぬまま自分の舌を引っ込めていると、からませるように太郎の舌が、動いてくる。
 一生懸命それにこたえようとすると、太郎の息が荒くなって、そして、密着した花子の体に、なにか妙に硬いものが触れ、思わず花子はそれに触ってしまった。
「うわっ」
 触った瞬間、花子は後悔したが、太郎の方はあまりのことに驚いて、花子を押しやってしまった。他人に触られたのは初めてで、しかも急になんの予告もなくそこに手が伸びてきたので、動揺したのだ。意外に、花子は大胆な子なのだろうか。もしかしてやっぱり、経験があったのだろうか。だとしたら、こんな緊張でガチガチの俺なんて、嫌だろうか――……
「ご、ごめんなさい、私」
「や、い、いいよ。ちょっと、びっくりしたけど」
「私――その…」
「花ちゃん」
 太郎は思い切って、口にした。
「ごめん、花ちゃん。俺、言ってなかったけど――初めてなんだ」
「え」
 花子の無言の間が、太郎の上にのしかかる。でも太郎はもう、躊躇しなかった。
「つまり、俺、女の子と、こういうの――初めてで、だから…。だから、ぜんぜん巧くできないし、花ちゃんのこと、気遣ってあげたりとか、ちゃんとしてあげるのとか、たぶん、できないと思う」
「……」
「けど」
「…」
「けど、でも俺、花ちゃんのこと大好きだし、花ちゃんとそういうことしたいって思ってるし、その、できるかぎり精一杯、頑張るから」
「……ん」
「…?」
「太郎さんの気持ち、充分だから、いい」
「それは…」
「私も、初めてだから」
「そ」
「だから、ぜんぜんわかんないし、もしかしたら、私なんてぜんぜんよくないのかもしれない」
「そんなことっ」
「ううん。だけど。私も」
「うん」
「私も、太郎さんと、するの、ぜんぜんやじゃないし」
「…うん」
「怖いけど、太郎さんだから」
「うん」
「平気です」
「…うん」
「…」
「ごめんね」
「どうして」
「だって、俺、初めてだなんて、花ちゃん、やでしょ」
「…そんなこと、ない」
「本当?」
「だって、それって、太郎さんの初めて、私がもらえるってことだし」
「…花ちゃん」
「女の子だって、好きな人の初めてだったら、なんでも欲しいよ」
 花子が、小さく呟くと、太郎は赤い顔が見えなくてよかったと思いながら、花子をもう一度抱きしめた。
「ぜんぶ、花ちゃんが初めてだよ」
「あ」
「俺の初めて、全部もらってよ」
「太郎さん…」


 いろいろ、あれこれ悩んだけど、2人はもう、恐れなかった。
 2人で一緒に、初めてをあげっこしよう。
 まずは恐る恐る、口付けから。


おわり